水石鑑賞の歴史
- 水石を愉しむ会
- 2016年11月21日
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私は盆栽の古い本を眺めるのが好きで、雑誌「盆栽」の古いものをよく見ております。
今で言えばコラムのような記事が特に好きで、その中から水石の記事を転載させていただきます。
昭和初めの冊子からの転載のため、難しい文章となっていますが、それも面白いと思うのでそのまま転載いたします。
水石鑑賞の歴史 (雑誌 盆栽 昭和17年7月号より)

天然の景石を観賞した事は古い事である。この観賞は支那から渡った物だろう。
支那では景石は木彫の台を穿かせて見ていたのである。
日本では東山時代に景石を盆に置き砂を配して景を描出する所謂「盆山」が行われた。爾夾支那四季の台付と盆石流の見方が徳川時代から今日にも及んでいるのである。
水石としての水盤で石を見る事は明治以降の事である。
尤も明治の中頃は淺鉢に土を盛り石を据えて苔を貼った所謂苔植の観賞が多かった、宮内庁の米田さんや伊東農亭白は此鑑賞法で、伊東博は徹頭徹尾苔植であった。
水盤にいしをそのまま入れて観賞する風の盛んになったのは明治末年からであろう、
これは関西が初めか関東が初めか其點は判然しないが、全く同時代から水を用いる事が行われ 「奇石」という看板も何時の間にか水石と交わり盆栽奇石陳列會が盆栽水石陳列會となった。
そこで関西は今以て水盤にヂカに石を置いているが、 関東では現今は水盤に砂を敷きその上に石を据える用になった。この砂の使用は石の据り(底)がはっきり判らぬ代わりに見た目には据りの悪いものも見苦しくない便法である。
雑誌「盆栽」は国風盆栽展の創始者小林憲雄氏が発行していた雑誌です。このような記事も面白いと思うので時折載せていきたいと思います。
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